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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)46号 判決

原告

国本勝義こと李起享

被告

奥村淳

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金四三四万五〇〇〇円およびこれに対する昭和五一年二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五〇年一一月二六日午前九時二〇分頃

2  場所 河内長野市天見一、三八四番地先国道一七〇号線道路(以下、本件道路という。)上

3  加害車 普通貨物自動車(奈一一さ三、八三一号)

右運転者 被告淳

4  被害車 普通貨物自動車(作業車、泉八八さ一、八二九号)

右運転者 訴外林秀吉

右同乗者 訴外林陸記

5  態様 北から南に向つて進行中の被害車に対し、南から北に向つて進行中の加害車が、追越禁止区域にも拘らずセンターラインをオーバーして対向車線に進入して、衝突した。

6  結果 訴外人両名は、いずれも頸部損傷、腰部挫傷等の傷害を受け、入院四四日間を要した。また、作業車は大破した。

二  責任原因

1  被告淳(一般不法行為責任、民法七〇九条)

無理な追越による過失により本件事故を発生させた。

2  被告博志(使用者責任、民法七一五条一項)

被告博志は、被告淳を雇用し、被告淳が、被告博志の事業(貨物運送業)を執行するにつき加害車を運転中、右1記載の過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

原告は、前記訴外人両名ほか四名を雇用し、作業車を使用して、道路上の横断歩道やセンターライン等の白線の塗装をすることを業とするものであるところ、本件事故による作業車の大破および前記訴外人両名(いずれも塗装技術員)の負傷により、作業車および塗装技術員の補充がつかず、左記(一)、(二)の工事を、期間内に完成させることができず、右工事の請負契約を発注者より解除され、そのため左記(三)の損害をこうむつた。

(一)  原告が訴外全国商事株式会社(大阪市所在)より注文を受けていた次の(1)、(2)の工事

(1) 五条市スーパーニチイ前の国道二四号線上の区画線設置工事

工期 昭和五〇年一一月二六日から同月二七日まで

工事代金 金六八万円

工事内容 実線、破線による標示等四、〇〇〇メートル

代金の支払 同五一年一月一〇日限り現金で支払う。

(2) 大阪市東区、南区、天王寺区、浪速区、中央工営所管内一円の区画線設置工事

工期 同五〇年一一月二〇日から同年一二月一〇日まで

工事代金 金三三〇万円

工事内容 実線、破線による標示一六、五〇〇メートル

代金の支払 同五一年一月一〇日限り支払う。

(二)  原告が訴外大共道路設備株式会社(八尾市所在)より注文を受けていた、兵庫県養父郡和田山町、八鹿町を通ずる国道九号線上の白線塗装工事

工期 同五〇年一二月一日

工事代金 金三二〇万円

工事内容 横断歩道、センターライン二〇、〇〇〇メートル

代金の支払 同五一年一月一〇日限り支払う。

(三)  右(一)、(二)記載の三つの工事(延四〇、五〇〇メートル)の請負代金の合計、金七一八万円より、一メートル当りの工事に必要な材料費、人件費等の原価、金七〇円、延メートル数に対する合計、金二八三万五〇〇〇円を差し引いた、金四三四万五〇〇〇円。

四  原告が損害賠償請求権を有する理由

1  原告の工事は、その作業内容(道路上に白線を引くこと。)に照らし、交通安全の見地から限定された作業時間内に作業をし終らなければならないものであるところ、前記の如く、本件事故による作業車の大破と塗装技術員二名の負傷により、本件事故の当日に予定されていた工事すら作業不可能に陥つた。ところで、本件事故により作業車の破損と技術員らの負傷とを惹起すれば、原告の工事は不可能になり、ひいては前記のような損害を原告に及ぼすに至ることは、被告らにとつて、予見が可能であつたというべきであり、したがつて、原告の右損害は、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものといつて差し支えない。

2  のみならず、作業車と技術員は、いずれも代替性のないもので、殊に技術員は、相当の技術と熟練を要するものであるが、本件事故により、作業車は、約一ケ月の修繕を、技術員らは、約一ケ月半の入院加療を、各必要とし、右不代替性のため、右各期間中、原告の工事は、不可能に陥つた。したがつて、右不代替性の見地から考えても、原告の前記損害は、相当因果関係の範囲内にあるものといつて差し支えない。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおり(遅延損害金は、工事代金の最終の弁済期である昭和五一年一月一〇日以降の日である同年二月一日から民法所定年五分の割合による。)を、求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因一項の事実中、加害車と被害車が衝突した点は認め、同項の事実中、その余の点は否認し、同二項の事実はすべて否認し、同三項の事実はすべて不知ないし否認し、同四項の事実はすべて否認する。

第四被告らの主張

一  原告は、そもそも、本件事故による損害賠償請求権の主体とはなり得ない。すなわち、単に、相当因果関係の範囲を拡張することによつて、賠償請求権の主体の範囲までを拡大させ、原告の如き間接の被害者(なお、本件事故による直接の被害者は、前記訴外人両名である。)までをその主体として、肯認することは、行き過ぎであり、不法行為におけるいわゆる違法性理論を敷衍しても、ついになし得ないことである。

二  尤も、最高裁判所昭和四三年一一月一五日判決(民集二二巻一二号二、六一四頁)によれば、例外的に、直接の被害者と間接の被害者との間に経済的同一性が存する場合に限り、間接の被害者もまた賠償請求権の主体となり得るけれども、右の経済的同一性とは、個人企業とその代表者、負傷した子供とその治療費を支払つた父親等の関係を指称するものにすぎず、本件のような単なる雇主と従業員の関係の如きは、含まれるものではない。もし仮に、本件の如き場合までが含まれるとすれば、加害者は、従業員を負傷させれば、常にその雇主である個人企業等における収益の喪失までを賠償しなければならないことになり、賠償範囲の不当な拡大となるので妥当ではない。

三  仮に、本件事故と原告の損害とを、単純な相当因果関係の見地から考えてみても、相当因果関係は存しない。すなわち、〈1〉作業車の破損程度は軽微で、使用可能な状態にあつた。〈2〉前記訴外人両名の作業は、高度の技術を要するものではなく、しかも、他に従業員が四名もいたのであるから、原告側で、代替員を確保したり、工期の変更を申入れたりすれば、十分にその請負工事を完了し得たものである。この事は、特に原告主張の(一)、(2)と(二)の工事について然りである。〈3〉因に、原告主張の損害額は過大である。というのは、原告個人の利益以上に、請負工事より得られる利益全額を原告の損害としているからである。

四  本件事故の態様は、原告の主張とは、全く異なるものである。すなわち、被告淳は、本件道路上に存した紀見峠トンネルの入口付近に追越禁止解除の道路標識があつたので、先行ダンプカーを追越すべく対向車線に出ようとしたところ、被害車が対向車線を相当の高速度で、しかもセンターラインにかなり寄つて走行して来たため、危険を感じて左転把し自己の車線(進行車線)に一たん戻つた。その際に、被告淳としては、車体に僅かな振動を感じたものの、バツクミラーをみると被害車はそのまゝ遠ざかつていつたので、何事もなかつたものと思つて進行した上、前方の交差点で信号待ちをしていた。衝突(接触)は、右の振動を感じた時のことと思われるが、その位置は、センターライン上かないしは被告淳の進行車線上であつた。以上が本件事故の態様である。ところで、前記訴外人両名は被告淳を右交差点まで追いかけて来て、こもごも暴行を加え、傷害を負わせたもので、被害者は、むしろ、被告淳の方である。因に、前記訴外人両名の負傷自体、果して本件事故により生じたものか否か疑義なしとせず、したがつて、本件事故と原告の損害との間の自然的因果関係の存在すらも、危ういのである。

第五証拠〔略〕

理由

一  原告の主張によれば、原告は、本件事故による直接の被害者ではなく、直接の被害者である訴外林秀吉、同林陸記両名(原告方従業員)が受傷しかつ原告方作業車が大破して原告の請負工事が不可能になつた結果、原告が利益を逸失し損害をこうむるに至つた、という意味での間接の被害者にすぎないことが、明らかである。

然るに、原告は、右の間接の被害者であることを前提としつゝ、さらに進んで、被告らに「本件事故により原告の右請負工事が不可能になつたこと」に対する予見可能性が存したこと、右訴外人両名および作業車に代替性が存しなかつたこと等を根拠に、原告の損害(前記請負工事が納期に間に合わず、原告が発注先より請負契約を解除されたことに基く損害)は、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるとの理由で、被告らに対し損害賠償請求権を有する旨主張する。そこで最初に、この点について検討する。

当裁判所は、そもそも、原告主張のような、単純なる相当因果関係説ともいうべきもの(すなわち、間接の被害者に相当する原告に対して損害賠償請求権を付与すべきか否かを、単に、損害賠償の「範囲」の問題として把え、専ら、本件事故の発生と前記訴外人両名の受傷・作業車の大破、ひいては原告の損害との間に、相当因果関係が存するか否かを探求すれば足りるとする見解)は、これを採用しないものである。その理由は、次のとおりである。すなわち、当裁判所としては、いわゆる相当因果関係の理論は、加害者の予見可能性をかなり緩やかに認めている現在の交通事故訴訟における傾向を考慮に入れえとしても、あくまで、同一の損害賠償請求権者における損害賠償額の範囲を拡張するための理屈にとゞまり、損害賠償請求権の主体(権利主体)を、直接の被害者から間接の被害者にまで拡大するための理屈としては機能せず、権利主体を拡大するためには、「別個の理屈」を要するものというべきである、と考える。

尤も、原告は、不代替性云々の点に照らすと、右「別個の理屈」の一つである経済的同一体説(すなわち、直接の被害者である前記訴外人両名と間接の被害者である原告との間に経済的同一体の関係が存する場合には、例外的に、間接の被害者である原告に対しても、損害賠償請求権を認めてやるという見解。最高裁判所昭和四三年一一月一五日判決も、単純なる相当因果関係説というよりも、むしろ右の経済的同一体説に近いものと考えられる。)を独立に(第二次的に)主張しているかのようにも見えないではないが、仮にそうであるとしても、原告の主張によれば、直接の被害者である前記訴外人両名と間接の被害者である原告とは、単なる被用者(従業員)とその雇主との関係にすぎないことが明らかであるから、結局、原告は、いまだ、経済的同一体説の要件を充足するに足る事実を主張するまでに至つていないもの、といわざるを得ない。

二  以上の次第で、原告の主張はいずれも、それ自体(すなわち、証拠について吟味するまでもなく)理由がないことが、明らかである。因に、原告の全主張を検討しても、他に、原告が損害賠償請求権を有するに足る旨の主張をしていることを見い出すことは、できない(また、その立証も存しない。)。

三  よつて、原告の本訴請求は、その余の論点に触れるまでもなく、理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤昇)

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